本症例は、32歳の男性が左下第三大臼歯の抜歯後4日目に、制御不能な激痛を主訴として来院されたものです。患者は抜歯当日および翌日は比較的平穏に過ごしていましたが、3日目の夜から抜歯部位に拍動性の痛みが出現し、市販のロキソプロフェンを服用しても全く改善が見られないという状況でした。視診では、左下8番の抜歯窩内に本来充填されているべき血餅がほぼ完全に消失しており、底部の歯槽骨が白く露出しているのが確認されました。周囲の歯肉に顕著な腫脹や排膿は見られないことから、細菌感染による炎症というよりも、血餅の早期脱落によるドライソケット、すなわち肺胞骨炎であると診断しました。問診の結果、患者は抜歯直後から出血を気にするあまり、数分おきに強いうがいを繰り返していたことが判明しました。また、仕事のストレスから抜歯当日の夜に数本の喫煙を行っており、これらが血餅の形成不全および脱落を誘発したと考えられます。ドライソケットによる痛みは、骨膜下にある神経末端が直接的な物理的、化学的刺激を受けるために発生します。本症例においても、冷気や唾液の接触が痛みを増幅させていました。処置としては、まず微温の生理食塩水を用いて抜歯窩内の異物や壊死組織を慎重に洗浄しました。その後、抗菌剤と鎮痛成分を含むパスタ状の薬剤を抜歯窩に充填し、さらにその上を酸化亜鉛ユージノールセメントで仮封しました。処置から約15分後、患者の痛みは視覚的評価スケールで10から2にまで低下しました。数日後の再診時には、露出していた骨面に薄い肉芽組織の形成が認められ、予後は良好でした。この症例が示すように、ドライソケットの痛みは極めて強烈ですが、物理的な遮断処置を行うことで劇的な症状の緩和が可能です。一方で、一度露出した骨面が再被覆されるまでには生理的な時間を要するため、焦りは禁物です。患者教育の重要性を再認識させられるケースであり、抜歯後の生活習慣がいかに治癒プロセスに直結するかを物語っています。歯科医療従事者は、抜歯技術の向上のみならず、術後の合併症リスクを最小限に抑えるための具体的な行動指針を、より丁寧に患者へ伝達していく必要があります。
抜歯窩の治癒不全が生む激しい痛みの症例報告