大人が経験する耳下腺炎で、熱がない、あるいは微熱程度の場合、多くの人が最も気になるのが「これは他人にうつるのだろうか?」という感染力の問題でしょう。特に、職場や家庭内で周囲に迷惑をかけたくないという思いから、その判断は非常に重要になります。結論から言うと、熱がない耳下腺炎がうつるかどうかは、その「原因」によって全く異なります。まず、最も注意が必要なのが、おたふく風邪の原因であるムンプスウイルスによる「流行性耳下腺炎」の場合です。このウイルスは非常に感染力が強く、咳やくしゃみによる飛沫感染や、ウイルスが付着した手で口や鼻に触れることによる接触感染で広がります。そして、最も厄介なのが、症状が出る数日前から、耳下腺の腫れが引いた後まで、長い期間にわたってウイルスを排出する可能性があることです。熱がない、あるいは症状が軽い「不顕性感染」や「軽症」の場合でも、感染力は変わらないとされています。つまり、本人が気づかないうちに、周囲にウイルスを広めてしまう危険性があるのです。学校保健安全法では、おたふく風邪は「耳下腺の腫れが現れてから五日を経過し、かつ全身状態が良好になるまで」出席停止と定められています。社会人には法的な出勤停止義務はありませんが、感染拡大を防ぐという社会的な責任から、同様の期間は出勤を控えるべきでしょう。一方で、大人の耳下腺炎で多い「反復性耳下腺炎」は、ウイルスや細菌の感染が直接的な原因ではないと考えられているため、他人にうつる心配はありません。同様に、唾液の管に石が詰まる「唾石症」や、自己免疫疾患に伴う耳下腺の腫れも、感染性はありません。また、口の中の常在菌が原因で起こる「化膿性耳下腺炎」も、基本的には他人へ感染するリスクは低いとされています。問題は、これらの原因を自分で正確に見分けることは不可能だということです。熱がないというだけで「うつらない耳下腺炎だ」と自己判断し、出勤や外出を続けた結果、もしそれが流行性耳下腺炎であった場合、職場などで集団感染を引き起こしてしまう最悪の事態も考えられます。感染力の有無を正しく判断し、適切な行動をとるためにも、耳の下が腫れたら、まずは速やかに耳鼻咽喉科を受診し、医師の診断を仰ぐことが絶対条件です。