親知らずが生えてきたせいで、これまで綺麗だった前歯の歯並びがガタガタになってしまった、という話を聞いたことはありませんか。一番奥に生えてくる親知らずが、前方の歯をぐいぐいと押し、全体の歯列に影響を与えるという考え方です。この説には多くの人が不安を感じるかもしれませんが、現在の歯科医学界では、親知らずが歯並びを悪化させる直接的な原因となる可能性は、限定的であると考えられています。確かに、横向きに生えた親知らずがすぐ手前の第二大臼歯を強く押すことは事実です。しかし、その力が歯列全体に伝わって前歯を動かすほどの強さを持つかについては、専門家の間でも意見が分かれています。むしろ、十代後半から二十代にかけて見られる前歯の叢生(ガタガタ)は、親知らずとは別の要因が関係していることが多いのです。その一つが、下顎の成長です。人間の下顎は、身長の伸びが止まった後も、少しずつ前上方に向かって成長を続けることがあります。この成長に伴い、下の前歯が突き上げられるような形になり、歯が重なり合ってガタガタになることがあるのです。これは「下顎前歯の晩期叢生」と呼ばれ、親知らずの有無にかかわらず起こりうる生理的な変化とされています。また、加齢による歯周組織の変化や、舌や唇の癖、噛み締めなども、歯を動かす要因となり得ます。とはいえ、親知らずが歯並びに全く影響しないと断言することもできません。例えば、もともと歯が並ぶスペースがギリギリの状態で、そこに親知らずが無理に生えようとした場合、歯列の乱れを助長する一因となる可能性は否定できません。親知らずと歯並びの関係が気になる場合は、自己判断せず、矯正歯科を専門とする歯科医師に相談するのが最も確実です。レントゲンや歯型などの精密な検査を通じて、総合的に診断してもらうことが大切です。